2024 Jakarta Biennale: 50 Year Journey:ジャカルタビエンナーレ2024

art

会期:2024.10.01-2024.11.15 会場:Taman Ismail Marzuki Complex

1974年から開催されているジャカルタビエンナーレ。当初は「インドネシア大絵画展」という名目で始まり、2009年以降国際展を意識した形に発展していったとのこと。サンパウロビエンナーレやヴェネチアビエンナーレを参考に発足したとあり、当時の東南アジアの美術界ではかなり先鋭的な考えだったのではと思う。

今年は開催から50年目という節目の年ということで期待していたが、とにかく情報がない、プロモーションがない、どこの美術館とも協働していない、Art Jakartaとも関わりなし。そして会期が50周年にちなんで50日間という何とも言えない短さ。私は3回足を運んだ。

さて、会場であるTaman Ismail Marzuki Complexは、最近改修工事が進み現代的でインスタ映えする大型図書館、劇場、まだ営業していない(笑)プラネタリウムを有する巨大な施設。ビエンナーレなんかをやっていると会場に近づくにつれて幟旗やポスターやで賑やかになるイメージだけど、現場近くに行っても何の気配もなく不安。Taman Ismail Marzuki Complex前で車を降りても、どこでやっているのかさっぱりわからない。初めての場所で息子を連れて不安にながらもとりあえず進むと、会場らしき入り口にやっと表示が出てくる。というか、入り口のここにしか看板も何もない。そして入り口のセキュリテさん、この看板倒れそうだから気をつけてと。

何と今回のビエンナーレは無料。入り口でレジストレーションの手続きだけする。インスタグラムにトートバッグとTシャツが販売とあったが、トートバッグはまだできていないらしい。いつできるの?と聞いてもわからない、、、
→本当にできるのかなあ、意地でも買ってやると思ってこの二週間後にもう一度行ったら販売していたので、トートバッグを無事購入した。ちなみにTシャツはLとXLサイズしか作っていないとのこと。過去のビエンナーレに出版されたカタログが展示されていたので、今回も出版されることを切に願う。

さて、インスタグラムやHPを見ても、結局誰がメインキュレーターなのか全くわからない。会場にも特にステートメントなど無し。ただただ作品を追っていく。キャプションはほとんどがインドネシア語、時々英語。今回も私が知っているアーティストはゼロという全く予備知識も情報も無いまま、息子と同じ目線でスタート。

「靴を脱いでください」とあったので多分入ってもいい作品。でも、監視さんもいないし聞ける人も全然いないので恐る恐る息子だけ。この場所を気に入り、しばらく砂の上を歩く。映像が変化したり音も流れてくるので体感的に面白い。

順路の記載特になし。見に来ているのは若い学生さんが多い印象。この日子どもはうちの息子のみ。

道ゆく人々に目をつぶって柄を書いてもらい、それを伝統的な織物に落とし込む作品。

これは七夕みたいにお願い事を書いて木に吊るす、オノ・ヨーコのウィッシュツリーのような作品。土が本物で心配。水を使った作品がいくつかあったけれど、ちゃんと管理されているのか心配。

2階に上がるとようやく50周年の片鱗が。初期の新聞記事や写真が時系列に展示してあって、大雑把な展示ながらなかなかちゃんとアーカイヴされていた。

こちらの作品、伝統的な編み細工の技法の伝達についてリサーチした展示で、各家庭で口伝的に伝承されてきた手法を聞きながら、その家庭で食べられている料理、お皿を一緒に展示収集して、彼らの営み全てが伝統的な手工芸の伝承に通じていることを提示しているのだと思うけれど、なんてったってこのお皿のサンバルの残りが本物だからハエが舞う舞う。でも素敵な作品。

こちらは母乳パック1つ1つに言葉が綴られている。女性が子どもを産み育てていく中で絶対に立ちはだかる母乳育児という壁。働きながらだと尚更大変である。作者は子どもを産んで働きながら母乳育児をしていく中で、その過酷さに直面し、子育て中の女性がどんな風に考えて働きながら育児をしているのかリサーチを始めたという。なかなかインドネシアのアートで女性性を見ることが宗教上の観点もあり少ないと思っていたが、このように女性の生き方の一面にスポットを当てた作品が展示されているというのは大きな発見。そしてなんとインドネシアの産休はとても短い。聞いたところによると2、3ヶ月で仕事復帰するのが通常だそう。

こちらはインドネシアに暮らしていれば一度は見たことがあるシルバーマンの写真。有害物質が含まれる銀色の塗料を全身に塗って車道でパフォーマンスする人々を撮ったもの。ジャカルタには数多くの車道パフォーマー達がいる。以前は合法的にパフォーマンスをして生計を立てている、職業としての大道芸人の方々がたくさんいたそうだが、政府の規制が入り、現在ではそのほとんどが職を失ってしまったそうだ。身体に有害とわかりながら、生活のためより目立つシルバーの塗料を塗ってジャカルタの車道を行き来する人々から、ジャカルタが抱える「今」の問題が見えてくる。

こちらは一応別会場として記載のあったgudskulの壁に描かれたものと同じ絵が展示されていた。布はジャカルタ市内の汚染された水で染めたものと思われる。今回gudskulも会場になっているとあったので訪問するのを楽しみにしていたのだが、受付のお姉さんに聞くと作品展示はしていなくて、展示があるのはTaman Ismail Marzuki Complexだけと言われて残念。gudskulずっと息子を連れて行きたいと思っていたけれど、なかなかタイミング掴めず今に至っている。

第2会場へは順路案内が無いため、多分気付いていない人多数。私たちも恐る恐る扉を開けて中に入った。展示がところどころあるが、どういった区分で分けているのかやっぱりわからない。

第2会場は台湾の作家中心だったように思う。台湾のバックグラウンドや昔話などがベースになっているものが多く、それらを知らないと納得できない作品が多い。

説明が少なく、大きなステートメントも特にない(見つけられなかった)中の50周年にあたる今回のビエンナーレ。
もっと大々的に宣伝してやればいいのに、お金を取ってもっともっととどうしても思ってしまうが、無料でこれだけの展示にまとめたのはすごいことだと思う。イベントの企画も多々あったようだが、事前にわかるものが少なく当日アナウンスがほとんど?なのか、私の言語能力の限界もあってスケジュールが掴めないのが残念。作品1つ1つのキャプションを丁寧に読み込めたわけではないので大枠での理解にはなったと思うが、全体的にインドネシアの現代作家の作品はやはり面白いと思う。伝統的な風習や文化が本当に身近にまだ確実にありながら、現代がものすごい勢いであらゆるものを飲み込みながら浸透して変化する現状の渦、勢いを強く感じる。でも、その時代の流れや昔の風習を否定するのではなく、「今」「このとき」を受け入れていくおおらかさは、インドネシア独特のものなのではないだろうか。カタログの発売を待って今回のビエンナーレの本当の全体像を後からでも追って行きたい。

コメント

タイトルとURLをコピーしました